“Au hasard des lectures”
こんにちは!フランス語講師のブログへようこそ!!
「言葉はいきもの」とよく言いますが、今日は年を経てその意味が変化する「生きたことば」のひとつの例として ” agenda” を紹介したいと思います。
“agenda”の意味ってなんでしょう?
皆さんは “agenda” の意味を聞かれたら何と答えますか?
すぐに答えられる方もいれば「えっと、どういう状況でですか?」と逆に質問される方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私は後者で「時とともにずいぶん意味が変わった言葉だな」と感慨深く感じます。
今から30年前、いえいえ40年前でしょうか。
私が学生の頃は “agenda” と言えば「スケジュール帳」のことと相場が決まっていました。そう、スケジュール帳=手帳のことですね。1988年版の小学館仏和大辞典が手元にあるのですが、言葉の意味を調べてみると「手帳」としか記載がありません。
ここで個人的な思い出話となるのですが、”agenda”といえば Exatimeというブランドの表紙が皮で作られた立派なスケジュール帳のことを思い出します。それはそれは立派なスケジュール帳で、大学の先生やバリバリ仕事をしているタイプの方々がみんな持っていたのでした。新しい年が来ても交換するのは中のリーフレットだけで、手帳そのものは何年も大切に使うのです。
大衆消費社会まっただなかの日本からフランスへ留学した当時の私は、そんな習慣の中にもヨーロッパの重厚な文化を感じたものでした。
“agenda” の進化:手帳からスケジュールへ
もともとは「手帳」を示していた “agenda” という言葉ですが、いつの頃からかそこに示される内容、つまり「スケジュール」という意味で使われているのを目にすることが多くなりました。
例えばフランスの大統領府の公式サイトでも、メニューで “agenda” を選べば大統領のスケジュールが確認できまるんです。※おもしろいので是非リンク先をのぞいてみてください。
その他によくつかわれているところでは、
- “agenda Politique”・・・新聞の政治欄の「今後の主なイベント」のこと
- “agenda économique de la semaine”・・・証券会社のサイトで「その週で見逃せない経済指標」のこと
ですね!
この進化についてフランスの中学校でフランス語の先生をしている(つまり国語の先生ですね)友人に聞いてみると、”agenda” はもともとラテン語で “les choses à faire”(するべき事)という意味となるそうです。
彼女によれば、もともとはラテン語から拝借した単語をフランス人が「手帳」という意味で使っていたそうです。それが時代を経てたくさんの人に使われるうちに、ぐるっと一回りしてもとのラテン語の「スケジュール」という意味に落ちついたという極めてナチュラルな帰結だそうです。
新聞などを読んでいると、最近では “agenda” はスケジュールという意味で使われる頻度のほうが高いかもしれませんね。
でも、だからといって「手帳」としての意味が死語になったわけでもないのです。前出のフランス語の先生は、試験の日程を告げるときは「忘れないように “agenda” に書いておきなさい」と言いますし、年末年始になれば銀行から “agenda” がもらえますし、新しいスマホやコンピューターを買えば必ず “agenda éléctronique” (電子スケジュール管理)の機能説明がついてきます。
さらなる進化:スケジュールから議題へ
“agenda” が「手帳」から転じて「スケジュール」を示すことになったのは、ごく自然の流れとして受け入れられたのですが、仕事を始めてまもなく “agenda” が会議の「議事日程」の意味で使われる場面に遭遇して少しびっくりしたのを覚えています。
「議事日程」は普通の辞書で調べると l’ordre du jour ですね。
l’ordre du jour と “agenda” はまったく同じ意味で使われていたのですが、そういえばそれぞれの単語を使う「人」の年齢や職業が違っていたように思います。
たとえば、”agenda” のほうが少し軽いイメージになるので、R&Dやマーケッティング部などのすこし「かっこいい系」の部署での使用頻度が高いですね。そして l’ordre du jour はというと、もうすこし落ち着いた人事や財務部などで普通に使われていました。さらに言えば、株主総会では必ず l’ordre du jour が使われていました。
“agenda” = 議事日程の使い方については「へぇ〜そんな使い方もするのか」と思いながらも、忙しくてその都度調べることができなかったのと、そもそも外国人の私が指摘する問題でもないよねと思い現実をそのまま受け入れていました。
いずれにしてもいまや「議事日程」に “agenda” という単語を使って意味がわからないフランス人はいません。
最近はやりの “agenda” の使いかた
ところが本当にごく最近、明らかに「政策」とか「思惑」とかいう意味で “agenda” が使われているのをよく目に耳にするようになりました。
最初に「政策」とか「思惑」とかいう意味かなと思ったのは、いずれも欧州関連の記事です。昨年末から新しい欧州委員長の選出で揉めていたことを覚えていらっしゃいますか?
その際に、「ドイツの思惑が….」という内容で使われていたのが “agenda allemand”で、イギリスの先の総選挙でブレア元英首相が大敗した労働党を批判して「極左政策は進歩的とはいえない」と発言したときに使われていたのが ” agenda de l’extrême gauche” です。
もちろん文脈から意味はわかるのですがこれまで経験のない使い方だったので、Macの内蔵辞書で調べてみると明確に、forme fautive (誤用法)として紹介されていました。
「政策、思惑」という意味での使い方は、英語の “political agenda”、”hidden agenda” をそのままフランス語で使ういわゆる”Anglicisme”(英語からの借用語)だそうです。ちなみに先ほど紹介した「議事日程」という意味での使い方も、forme fautive (誤用法)とされていました。すっかり定着した感のある使い方ですが、英語からの借用語なんですね。
これらの使い方は誤用法とはいっても、活字メディアにもどんどん出てきています。
時事フランス語にトライしていらっしゃる方で「辞書に載っている訳ではどうもピンとこないな」というときは是非これらの誤用法の中から一番ピンとくる訳を見つけていただきたいと思います。
「手帳」から「思惑」まで、”agenda” の意味の変遷をみてきましたがいかがでしたか?時代や外国語の影響を受けて言葉の使い方は変わるのですね。私はこのブログを書きながら “agenda” が「手帳」だったスマホもインターネットもない時代を懐かしく思い出していました。
ではまた。
1件のコメント
ゴーン氏の声明文の la justice とは ? | Lire et Re-Lire · 2023-11-07 23:59
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